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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)486号 判決

原告

冨田克彦

原告

冨田みつ子

右両名訴訟代理人弁護士

異相武憲

山田高司

被告

名古屋市

右代表者市長

西尾武喜

右訴訟代理人弁護士

鈴木匡

大場民男

右訴訟復代理人弁護士

鈴木雅雄

深井靖博

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告冨田克彦に対し、金一九四一万一〇四八円及び内金一七九一万一〇四八円に対する昭和五八年九月二八日から、内金一五〇万円に対する昭和五九年三月六日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告冨田みつ子に対し、金一八二一万一〇四八円及び内金一六七一万一〇四八円に対する昭和五八年九月二八日から、内金一五〇万円に対する昭和五九年三月六日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の地位

原告冨田克彦(以下「原告克彦」という。)は、訴外亡冨田克也(以下「克也」という。)の父、原告冨田みつ子(以下「原告みつ子」という。)は、克也の母である。

訴外佐久間孝三(以下「佐久間」という。)は、後記本件事故当時、名古屋市立滝川小学校(以下「滝川小学校」という。)の校長であつたものであり、訴外栗田大六(以下「栗田」という。)は、右当時名古屋市教育長の職にあつた者である。

2  本件事故の発生

滝川小学校五年生であつた克也は、昭和五八年九月二八日午後三時ころ、同校を下校する途中、名古屋市昭和区高峯町一六一番地付近の歩道上で、台風一〇号による大雨のために発生した濁流に足をとられ、右歩道脇側溝(以下「本件側溝」という。)に転落し、急流に流され、同区山里町八六の二松浦方先の用水路で同日午後四時四〇分ころ溺死体で発見された。

3  国家賠償法一条一項に基づく被告の責任

(一) 佐久間の過失

(1) 本件事故当時の被告の「暴風雨等不測の事態に対処する指導措置について」と題する通達(以下「本件通達」という。)は、暴風雨、集中豪雨等による不測の事態に備え、児童の安全と校舎等の管理、保全を期するための諸注意事項を規定し、大雨警報が発令され、又は発令されるおそれのある場合は学校の所在地、通学路の状況等を考慮して児童の危険防止策を講ずることなどを定めていた。

(2) 本件事故当日、午後一時すぎころからは雨足が強くなり、降水量も漸次増加して、克也らが下校するときには大雨警報が発令されるおそれのある状況にあつた。

(3) ところで、克也の通学路のうち、同人の自宅から山手通二丁目の交差点までの間は急勾配の坂道で、その途中に位置する本件側溝付近の勾配は平均約三・五パーセントであり、水はけが悪く、本件事故までにも大雨が降ると右山手通二丁目の交差点は浸水することが多かつた。のみならず、右道路側溝は幅、深さとも四五センチメートルであつたのにかかわらず、公道との接点、民地への出入口等以外には蓋が設置されておらず、児童が誤つて足を踏みはずしたり、あるいは戯れに側溝に足を入れて遊ぶなどのおそれがあり、学校側からも蓋の設置を被告の関係機関に要望していた。このように、克也らの通学路に当たる本件側溝付近は、大雨が降るような場合には通学路としての安全に欠ける面があつた。

(4) 滝川小学校長である佐久間は、右(2)(3)記載のような気象条件や本件側溝付近の通学路としての安全性欠如に鑑みれば、児童の危険を防止するため、下校を見合わせるか、又は教職員らを付添わせて下校させるべきであつたのにかかわらず、日ごろから大雨時を念頭においた通学路の安全確認をしていなかつたため前記のような通学路の安全性欠如にも気づいておらず、右注意義務を怠り、漫然克也を含む児童らをそのまま下校させ、そのため本件事故が発生したものである。

(二) 栗田の過失

(1) 本件通達によれば、児童の登校後、名古屋市に暴風雨注意報が発令され、なお警報が発令されることが予想される場合は「各学校において、今後の気象情報に十分注意し、児童の危険防止及び衛生に注意するとともに校舎の管理保全等臨機の処置をとること」を内容とする教育長通達第一号を発するべきこと及び名古屋市に大雨警報が発令され、又は発令されるおそれのある場合もこれに準じて通達を発すべきことが定められている。

(2) 栗田は、克也ら児童が下校する際には既に名古屋市に大雨警報が発令されるおそれがある状況であつたのであるから、名古屋市教育長として本件通達に従つて教育長通達第一号を発すべきであつたのにかかわらずこれを怠り、そのため本件事故が発生したものである。

(三) 佐久間及び栗田はいずれも被告の教育行政に従事する公務員であり、その職務を行うにつき前記のような各注意義務を怠つた過失があるので、被告は国家賠償法一条一項に基づき原告らの被つた損害を賠償すべき義務がある。

4  国家賠償法二条一項に基づく被告の責任

(一) 本件側溝は、被告の設置管理する名古屋市道川名山萩岡町線の歩道に沿つて、路面排水のために被告により設置され、かつ管理されているものである。

(二) 設置管理の瑕疵その一

(1) 被告は、大雨により濁流が本件側溝に発生した場合には、以下の事態を予測することが可能であり、予測すべきであつた。

(イ) 本件側溝付近の歩道は、その幅が二・二メートルあるとしても、大雨が降つていれば児童が足をすべらせ、本件側溝に転落する可能性があること

(ロ) 本件側溝が設置されている歩道は、滝川小学校の通学路に指定されていること、児童は本来いたずら遊びをするものであり、児童には水量の増加している側溝に足を入れることが非常に危険であるとの認識を期待することはできず、したがつて児童が本件側溝にいたずら遊びのつもりで足を入れ、転落する可能性があること

(ハ) 本件側溝は、幅、深さとも四五センチメートル、平均勾配は約三・五パーセントであり、流水量が著しく増加している状況の下では、児童が転落した場合には下流に流され、暗渠部分に落ち込むおそれがあること

(2) にもかかわらず、被告は右事態を予測することなく本件側溝に蓋を設置せず、放置していた。

(三) 設置管理の瑕疵その二

(1) 克也が転落し、流された本件側溝は、名古屋市昭和区山手通二丁目一六番地三所在のピザパーラー「シェーキーズ」付近で地下にもぐり、垂直に約二メートル以上の段差が存するものである(以下この地点の側溝を「山手通二丁目の側溝」という。)。

(2) 被告は、右のような段差のある箇所には、児童らが本件側溝に転落し流された場合の発見を容易にするために、柵を設置すべきであつたのにかかわらず、これを設置していなかつた。

(四) 本件側溝及びその付近の歩道にはその設置又は管理につき右(二)(三)記載のような瑕疵があるから、被告は、その設置管理者として、国家賠償法二条一項に基づき原告らの被つた損害を賠償すべき義務がある。

5  損害

(一) 克也の逸失利益

克也は、昭和四七年一一月一六日生まれで、本件事故当時満一〇歳であり、本件事故に遭遇しなければ、高校を卒業する一八歳から就労終期の六七歳まで四九年間稼動し、その間毎年少なくとも昭和五七年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者一八―九歳の初任給金額(金一六五万八七〇〇円)にベースアップ率〇・〇五に当たる金額を加算した金一七四万一六三五円を得て、その内の半額を生活費として支出したものとすべきである。

そうだとすれば、右金一七四万一六三五円に生活費分を控除するため、〇・五を乗じ、これに満一〇歳の未成年者が死亡し、一八歳から六七歳までの年毎の得べかりし利益を現価において求める新ホフマン式係数二〇・〇〇六六を乗じた金一七四二万二〇九七円が克也の逸失利益であり、原告らは、克也の父母として、その二分の一ずつ、各金八七一万一〇四八円を相続した。

(二) 慰藉料

原告らは、克也の父母として、その死亡により甚大な精神的苦痛を受けた。これを慰藉すべき金額としては、各金八〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用

原告克彦は、克也の葬儀費用として金九〇万円を支出した。

(四) 仏壇購入費用

原告克彦は、克也のために仏壇購入費用として金三〇万円を支出した。

(五) 弁護士費用

原告両名は、本訴の提起、追行を原告ら訴訟代理人らに委任し、同代理人らに対し、弁護士費用として各金一五〇万円ずつを支払うことを約した。

よつて、国家賠償法一条一項、二条一項に基づき、被告に対し、原告克彦は金一九四一万一〇四八円、原告みつ子は金一八二一万一〇四八円、及び右各金員のうち原告克彦は金一七九一万一〇四八円、原告みつ子は金一六七一万一〇四八円につき、本件事故日である昭和五八年九月二八日から、右各金員のうち金一五〇万円につき本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年三月六日から、各支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、克也が、昭和五八年九月二八日滝川小学校を下校する途中、本件側溝に転落したこと、及び名古屋市昭和区山里町八六の二松浦方先の用水路で溺死体で発見されたことは認め、その余は争う。

本件事故は、克也が本件側溝に足を入れていたずら遊びをしていたために発生したものである。

3  請求原因3について

(一) (一)(1)の事実は認める。

(一)(2)の事実のうち、克也らの下校する当時大雨警報が発令されるおそれのある状況にあつたとの点は否認し、その余は認める。

克也ら小学校五年生以下の児童の下校時である午後二時三五分ころ、滝川小学校付近は、通常の大雨程度の状態にすぎなかつた。

(一)(3)の事実のうち、克也の自宅から山手通二丁目の交差点までの間が坂道であること、本件側溝付近の勾配が約三・五パーセントであること、右坂道の道路側溝は、幅、深さとも約四五センチメートルであつたが、公道との接点、民地への出入口等以外は蓋が設置されていなかつたことは認めるが、その余は争う。

本件側溝付近は坂道であり、水はけが極めて良い場所であつて、本件事故当時も歩道部分は冠水することもなく、児童が側溝に誤つて足を踏みはずすおそれはないものである。

(一)(4)の事実及び主張は争う。

佐久間は、以下のとおり、自らあるいは教諭、校外補導員を介して、日ごろから大雨時も念頭に置いた通学路の安全確認をしていた。

すなわち、

(1) 滝川小学校では、毎年三回程度、教諭が児童の一斉下校に付き添つて下校指導にあたるとともに通学路の安全を点検していたのみならず、佐久間自身も本件側溝付近の通学路としての安全を点検していた。

右安全点検の結果は毎年四月に教育委員会に報告していた。

(2) PTA活動の一環として校外補導委員は、毎月各地域の通学路や児童の遊びの様子を点検して学校へ連絡し、学校は、必要事項について、警察署、土木事務所等へ働きかけていた。

(3) 毎年六月ころ、各地区担当教諭と地域の校外補導委員及び各地区の父兄も参加して地区別懇談会を開き、各地域における危険箇所等について話し合い、必要に応じて警察署、土木事務所等に働きかけていた。

(二) (二)(1)の事実のうち、本件通達に、児童の登校後、名古屋市に暴風雨注意報が発令され、なお警報が発令されることが予想される場合は、原告ら主張のような教育長通達第一号を発することが定められていることは認めるがその余は否認する。

(二)(2)の事実は否認する。

本件通達は、本件事故以前に既に教育長から各学校長あてに通達されていたものであるが、名古屋市に大雨警報が発令された場合、又は発令されるおそれのある場合には、本件通達中の記4にあるように、各学校の所在地通学路の状況等を考慮し、各学校長の判断において暴風雨警報の場合に準じて措置を講ずるようあらかじめ求めているものであつて、教育長たる栗田が右教育長通達第一号を発する必要はなかつたものである。

(三) (三)の主張は争う。

4  請求原因4について

(一) (一)の事実は認める。

(二) (二)(1)の事実のうち、本件側溝付近の歩道幅が二・二メートルであり、滝川小学校の通学路に指定されていること、本件側溝の幅、深さは、いずれも約四五センチメートルであり、平均勾配は約三・五パーセントであることは認めるが、その余は争う。

(二)(2)のうち、本件側溝には、公道との接点、民地への出入口以外には蓋が設置してなかつたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

側溝は路面排水の施設であるから開渠とすべきことは当然であつて、これが原則である。

なお、被告は、本件事故後、本件事故現場付近の側溝に、蓋を設置したが、それは住民感情を考慮し、政策的配慮からしたものである。

(三) (三)(1)の事実のうち、本件側溝が名古屋市昭和区山手通二丁目一六番地三ピザパーラー「シェーキーズ」付近で地下にもぐり、そこに若干の段差があることは認めるが、その余の事実は不知。

(三)(2)のうち、本件事故当時右段差が存する箇所に柵が設置されていなかつたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

側溝に設置される柵は、本来、地下水管渠へのゴミの流入を防止するために設置するものであつて、側溝へ転落した者の安全確保の観点から設置するものではない。

(四) (四)の主張は争う。

5  請求原因5について

(一) (一)の事実のうち、克也が昭和四七年一一月一六日生まれで、本件事故当時満一〇歳であつたこと及び原告らが相続したことは認め、その余は争う。

(二) (二)ないし(四)の事実は争う。

(三) (五)の事実のうち、原告らが本訴の提起、追行を原告代埋人らに委任したことは認め、その余は不知。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二本件事故の発生

1  克也が、昭和五八年九月二八日、滝川小学校を下校する途中、本件側溝に転落したこと、及び名古屋市昭和区山里町八六の二松浦方先の用水路で溺死体で発見されたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、克也の本件側溝への転落原因について検討するに、〈証拠〉を総合すれば克也は、昭和五八年九月二八日、翌日の運動会準備のため五時限の授業で教科が打切りとなり、午後二時三五分ころ、当時同級生であつた伊藤俊彦(以下「伊藤」という。)とともに滝川小学校を下校したこと、克也は、途中公園に立ち寄るなどした後、本件側溝に至つたものであるが、同所において克也は、マジックボールを探すため道路脇の林に入つた伊藤を待つ間、ショルダーバッグを肩にかけ、片手に雨傘をもつたまま、本件側溝脇の金網につかまつて本件側溝の中に最初は片足を、後に両足を入れて遊んでいたところ、増水した本件側溝内の水の流れに足をとられ、その場に転倒して流されたものと認めることができ、これに反する証拠はない。

三国家賠償法一条一項に基づく被告の責任

1  まづ、学校長である佐久間の過失の有無について判断する。

(一)  本件事故当時、被告には原告らが主張する内容を定めた本件通達が存在したこと、本件事故当日、午後一時すぎころから雨足が強くなり、降水量も漸次増加していたこと、以上の各事実については当事者間に争いがない。

(二)  しかしながら、克也の下校時である午後二時三五分ころ、滝川小学校付近に大雨警報が発令されるおそれがあつたといえるかについて判断するに、〈証拠〉によれば、同日は早朝より大雨、洪水注意報が発令されていたところ、午後二時五〇分に名古屋地方気象台により大雨、洪水警報が発令されたことが認められるから、事後的には、右克也らの下校時には大雨警報が発令されるおそれがあつたものと認められないわけではない。

しかし、(イ)〈証拠〉によれば、右克也らの下校時にはむしろ雨足は多少弱まつていたことが認められること、(ロ)〈証拠〉によれば、気象観測の専門機関である警報発令の蓋然性についての判断が容易であるとしても、教職の立場にある佐久間にとつては、雨足に極端な異常さがなければ、大雨警報の予測は困難とみられること、以上の事実に照らせば、佐久間が右克也らの下校時に大雨警報の発令される状況が切迫していると判断することは、著しく困難であるか、又は不可能であつたと認めることができる。

(三)  次に、本件側溝付近の通学路の安全性について検討する。

本件側溝の幅、深さがともに四五センチメートルであること、その平均勾配が約三・五パーセントであること、本件側溝には本件事故当時公道との接点、民地への出入口以外に蓋が設置されていなかつたことは当事者間に争いがない。

(イ) 右争いのない事実と検証の結果によれば、本件側溝は、さして幅が広く深い構造を有するものとはいえないうえ、その付近はゆるやかな坂道であつて水はけが良く、幅員二・二メートルの歩道上にまで雨水が浸水するおそれはないこと、また本件側溝が開渠であつたことも、側溝が路面排水を目的とすることからすれば、合理性がないではなく、また、右本件側溝の構造、設置場所等からみて開渠であつたことが直ちに危険に結びついていたとは認めることができない。

(ロ) のみならず、〈証拠〉によれば、滝川小学校では、毎年三回程度、教諭が児童の一斉下校に付き添つて下校指導にあたるとともに通学路の安全を点検していたもので、佐久間自身も本件側溝付近の通学路としての安全を点検しており、右安全点検の結果は教育委員会に報告されていたこと、佐久間は、通学路に危険箇所があれば直ちに学校に連絡するようPTAに依頼し、右連絡があつた場合には、何らかの処置を執るようにしていたこと、が認められる。

(ハ) そして、本件事故は、前記のとおり、克也が前示戯れの行為から不注意にも足をすべらせたことにより発生したものと認められるところであり、学校長である佐久間にとつて大雨時に児童が戯れに本件側溝に足を入れて遊んで水の流れに足をとられることまでは、通常予測することができないものといわなければならない。

(ニ) なお、原告らは、学校側から本件側溝に蓋を設置することを関係機関に要望していたと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

以上の諸点を総合すれば、本件側溝付近の歩道は通学路として安全性に欠けるとは認められず、大雨の場合であつても、格別に危険な事態が発生するおそれがあるとも認められない。

(三) そうであれば、前示の降雨の状況を考慮しても、佐久間が克也を含む児童らを教職員らの付添なく、当日の日程どおり下校させたことについては、特段の過失は認められず、この点に関する原告らの主張は理由がない

2  次に、教育長である栗田の過失の有無について判断する。

(一)  請求原因3(二)(1)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と〈証拠〉によれば、本件通達の記4には、「本市に大雨警報が発令され、又は発令されるおそれのある場合は、学校(園)の所在地、通学路の状況等を考慮のうえ1〜3に準じて取扱うこと。」と記載されており、さらに、同2では、児童等の登校後、名古屋市に暴風雨注意報が発令され、なお警報が発令されることが予想される場合は、「各学校において、今後の気象情報に十分注意し、児童の危険防止及び衛生に注意するとともに校舎の管理保全等臨機の処置をとること。」を内容とする教育長通達第一号を発する旨定められていることが認められる。

(二) しかし、前記三1(二)説示のとおり、克也ら小学校五年生以下の児童の下校時である午後二時三五分ころ、滝川小学校付近に大雨警報が発令されるおそれがあつたことは、気象の専門機関でもない教育長にとつて容易に認識しうることではなく、またこれを関係機関に問い合せるべきであるとも言えないので、当時栗田が教育長通達第一号を発すべき事態にあつたとは、ただちに言い難い。

(三)  また、本件通達の記4においては、同時に、名古屋市に大雨警報が発令され、または発令されるおそれのある場合は、学校(園)の所在地、通学路の状況等その個別的な事情に応じて、校(園)長の判断により、教育長通達第一号の内容に準じ臨機の措置を採ることを要請しているのであつて、教育長通達第一号が発せられてはじめて対策をとるべきものとしているものではない。また右教育長通達第一号も、その内容は、各学校(園)に対し一般的注意を喚起しているに止まり、具体的対策を指示しているものではない。そうであれば、教育長である栗田が右通達を発しなかつたことが本件事故の発生と因果関係をもつとは、ただちに認められない。

(四)  以上の次第で、教育長通達第一号を発しなかつたことをもつて栗田の過失に当たるとして被告に損害賠償義務があるとする原告らの主張も理由がない。

四国家賠償法二条一項に基づく被告の責任

1  請求原因4(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、被告が本件側溝に蓋を設置していなかつたことが国家賠償法二条一項にいう公の営造物たる本件側溝又は市道の設置又は管理の瑕疵に当たるか否かについて判断する。

公の営造物の設置管理の瑕疵とは、当該営造物が、通常有すべき安全性を欠く場合をいうものであり、それは営造物の構造、通常の用法、場所的環境、利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的、個別的に判断しなければならない。

本件についてこれをみるに、本件側溝は、路面排水のために歩道脇に被告によつて設置されたものであること、本件側溝付近の歩道幅が二・二メートルであり、滝川小学校の通学路に指定されていること、また本件側溝の幅、深さは、いずれも四五センチメートルであり、開渠のもので、蓋はなされていなかつたこと、その平均勾配は約三・五パーセントであること、以上の各事実については当事者間に争いがなく、右事実と前示三1(三)の認定事実によれば、本件側溝は、歩車道の区別があり、歩道幅が二・二メートルの歩道脇に設けられた幅、深さとも四五センチメートルのものであり、本件側溝の付近は、ゆるやかな坂道になつているため水はけがよく、歩道上にまで側溝の水があふれて冠水するおそれはないものであつて、このような本件側溝の構造、その設置場所、その他の事情からすれば、本件側溝付近の歩道は、通常の歩行をする限り、特に危険な個所はないし、本件側溝に蓋をしなければ転落等の危険があるともいえず、それが小学校の通学路に指定され、学童がしばしば通行するものであつても同様である。本件側溝が開渠とされている点も、路面排水という側溝設置の目的からすれば、合理性があるものというべきである。したがつて、本件側溝及び付近の歩道について設計上或いは構造上の欠陥があるとはいえないものと認めるのが相当である。

また、前記三1(三)(ロ)認定のとおり、佐久間は本件側溝付近の通学路としての安全を点検し、右安全点検の結果は教育委員会に報告されていたが、本件事故現場付近で危険箇所は発見されず、また佐久間は通学路に危険箇所があれば直ちに学校に連絡するようPTAに依頼していたものであるが、PTAから本件側溝が危険箇所として指摘があつた形跡はない。さらに、本件事故前に、住民から、本件側溝に蓋が設置されていないことについての苦情や右の蓋を設置すべき旨の要望があつたとの形跡もない。そうすると、本件側溝及び付近の歩道について特に管理を怠つていた事実もなかつたものというべきである。もつとも検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件事故後、被告は、本件事故現場付近の本件側溝に蓋を設置したが、それは住民感情を考慮し政策的配慮からしたものであることが認められ、したがつて事故後右蓋の設置された事実は、それまで蓋が設置されなかつたことが本件側溝及びその付近の歩道の設置管理の瑕疵を推認させるものではない。

本件事故は、小学校五年生の克也が大雨時に戯れに本件側溝に足を入れて遊んでいて足をすべらせ流されたというものであつて、本件側溝の設置管理者である被告において、通常予測することができない行動に起因するものであつたというべきである。

以上のとおり、本件側溝に蓋が設置されていなかつたことをもつて、本件側溝ないしその付近の歩道につき、本来これらが有すべき安全性に欠けるところがあつたとはいえず、これらの設置又は管理に瑕疵があつた旨の原告らの主張は理由がない。

3  次に、被告が山手通二丁目の側溝の段差の存する位置に柵を設置しなかつたことが公の営造物の設置又は管理の瑕疵に当たるか否かについて判断する。

(一)  本件側溝が原告主張の「シェーキーズ」店付近で地下にもぐり、そこに若干の段差があること、本件事故当時右地点に柵が設置されていなかつたことは当事者間に争いがない。

(二)  しかしながら、検証の結果と弁論の全趣旨によれば、山手通二丁目の側溝は、その後実施された下水道改良工事により構造が少し変り、地下水管渠へのゴミの流入防止のために鉄製の柵を設置されるようになつたことが認められるが、右柵は、人の生命、身体の安全を図ることを目的とするものではないから、本件事故のような事態にあつて、これにより人命救助の機能を期待することはできない。また当時、右地点に人命救助を目的とする柵を設置すべきことを窺わせる証拠はない。

(三)  したがつて、山手通二丁目の側溝の段差のある箇所に柵が設置されていなかつたことをもつて、公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたものということはできない。

五よつて、国家賠償法一条一項及び二条一項に基づく原告らの本訴請求は、いずれもその余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡崎彰夫 裁判官大内捷司 裁判官志田原信三)

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